ライブを支える名人達

「お早う御座います」
いつもの通り、バンドや会場スタッフや音響スタッフの挨拶を浴びながら彼はレコーディングブースへと向かった。
彼の録るものは単なる記録にとどまらず、まるでキツネにでも化かされたかのような作品となる。
演奏の雰囲気を熱く伝えながらも音はクールであくまでも透明。
狐録魔王という異名の由来である。
彼の周りには様々な人の目が絶えない。
エンジニアのみならずプレイヤーまでもが彼の黄金の指先から何かを盗み出そうと目を輝かせている。
そういう視線をまるで気に掛ける様子もなく、彼はセブンスターを1本吸い終わるとキャノンケーブルを手に、静かに立ち上がった。
「...奥義、電策昇竜捌...うぉあちゃちゃちゃちゃちゃ..フゥーッ接続完了..」
「おい、当弁打弦帥、今の見えたか?」
「いや、そういう鮫仙人は?」
「見えん。速い、速すぎる」
「..秘技、雷光斬絵夢泥録始..あたたたたたったたたうー..」
「す、すげぇ、4台のMDが10ms以内に録音開始したぞ、手が10本生えるワシでも無理じゃ」
「あたしの飛脚打法にはパワーでは劣るかもしれないけどサスガのスピードと正確さだわ」
「お早うございます。今日はこれでお願いします」
狐録魔王はさっきとは打って変わって、柔らかな笑顔で桃山鬼神へ安物のデジカメを手渡した。
「オッケー、なかなか良いカメラじゃのう、フォッフォッフォッ」
そう言うとカメラを天井へ向かって放り投げ、印を結んで呪文を唱えた。
「秘技空中激写..ウォタタタタタタウリャァー」
彼の両腕はゴムのように伸び、空中でシャッターを連打している。
「ほう、いつもながら見事じゃ。」
カメラのメモリーは空中浮遊している間に撮影画像で満たされていた。
「今日は歩留まりが今ひとつじゃのう、どうれ...咆虎流選別画..あたたたっ..こんなもんかのう」
ナント、たったの0.3秒でデキの良い画像だけが残され、残りは削除されている。
このようにして年一度のオジサンたちの祭典は名人達に支えられているのであった。