動かないエスカレーター

東京の地下鉄は水道・ガス・電気・下水・地下室・ビルの杭...そういった木の根のごとく複雑怪奇に絡み合い伸びる地下構造物を避けるために更にその下に掘られる事が多い。大昔に掘られた銀座線や丸ノ内線なんかは道路を上から掘って線路を敷き、フタをして埋め戻すという工法で作ったので浅いのだけど、最近の路線は特に深くなっている。
そのためそのホームへと続くエスカレーターも長大化している。
自分の通勤経路(何通りもあり行き帰りでも異なるし、気象条件でも異なる)にもいくつかそういう場所がある。
今朝はその長大エスカレーターが故障で停止していた。
どうやら停止した直後だったらしく、駅員が肉声で注意を促すアナウンスをしていた。
階段も有るには有るが、幅がもの凄く狭く圧倒的に容量が足りないので停止したエスカレーターの上を歩いて下ることになる。
この雑文をお読みのあなたは停止しているエスカレーターを下った経験がお有りだろうか?
人間の脳はエスカレーターは動いているものだという先入観をもっていて、エスカレーターへの乗り降りの際のとても複雑な肉体の動きのコントロールを行っているらしい。
エスカレーターを視覚した瞬間からそれに備えたモードの準備が始まるらしく、普段それが当たり前な事なのでそのように学習し、強く刷り込まれているものだからいざ止まっているエスカレーターに遭遇した時の違和感は非常に強い。
まず最初に乗るときにズッコケそうになる。普段はエスカレーターに乗った瞬間に対床速度がゼロになるが、しかし対地速度はそのままであり、足の運動は瞬時に停止するも感覚てきには移動しているという自然界ではあり得ないきわめて不自然な状況に無理矢理対処しているのに、その前提が崩れてしまっているのだから当然だ。
そして下っている最中には「これはエスカレーターではなく普通の階段なのだ」と思いこもうと自分にいくら言い聞かせてもなかなかうまく行かず足がもつれそうになる。
動いているエスカレーターを下るのと停止しているエスカレーターを下るのとでこうも違和感が有るものか。
そして降りる時、誰もが動作がギクシャクしているし進む速度を必ず落としている。
出口で速度が落ちるのだからエスカレーターの上は大渋滞だ。
幸い将棋倒しのような事故にはならなかったが、大袈裟でなくそうなっても不思議ではないと感じた。